「故郷庄内の人々の想いと空気を届けたいのです」 庄内の風土とともに歩む陶芸家 土田英里子さん

「故郷庄内の人々の想いと空気を届けたいのです」 庄内の風土とともに歩む陶芸家 土田英里子さん

山形県庄内地方を拠点に「普段使いの暮らしに馴染む器」を制作している陶芸家の土田英里子さん。作品づくりだけでなく陶芸教室やマルシェなど、精力的に活動しています。
器を通して庄内の魅力を伝えたいという土田さんの思いに共感し、開業当時からスイデンテラスの館内SHOPでも作品を販売しています。その器はシンプルでありながら寄り添ってくれるような温かみがあるとお客様にも好評です。
土田さんがどんな人なのか、どういう思いで制作をしているのか知りたいというお声もあり、この度インタビューをさせていただくに至りました。

京都での作家活動を経て、故郷庄内に戻って制作を始めたきっかけとはなにか。また、土田さんにとって庄内の自然や風土と器作りの関係性についてお話を伺いました。


使う人がいて、載せる食があって、器がある



幼い頃からものを作ることが好きだったという土田さん。
「高校生時代、雑貨好きが高じて松ヶ岡の陶芸教室(山形県鶴岡市羽黒町松ヶ岡)に行ったのが陶芸との出会いでした」
そこでの体験が忘れられず学校の先生にも進路相談したところ、松ヶ岡の陶芸教室でもちょうど募集を掛けようとしていたというタイミングだったため、その陶芸教室に就職することができたそう。

「そこで2年程働いていましたが、ものづくりの面白さを改めてちゃんと勉強したいと思うようになりました。当初は陶芸が盛んな滋賀に行く予定でしたが、滋賀で出会った京都在住の方に導かれ、京都の陶芸学校で学ぶことにしました。京都も職人の手仕事を幅広く学ぶには非常に良い環境だったので、巡り合わせをありがたく思っています。その頃には陶芸家としてやっていこうと決めていました」

その後、京都で陶芸家として活動して10年程経ったころ、庄内に帰りたいと考え始めたのだそう。なぜこのタイミングで帰郷を考えたのか。そこには陶芸家として続けるための大きな理由がありました。

「30代になって腰を据えてものを作りたいと思ったのがきっかけです。
10年京都に居たのでそれなりに住みやすさも感じていたんですけど、今後本当に腰を据えることを思うと生まれ育った街に帰ろうかなと思いました」


土田さんが故郷に戻ったのは2014年。東日本大震災(2011年)が起こった後でした。震災は山形県内にも被害をもたらし、人々の生活にもまだ大きな影響が残る時期でした。そのような中でも苦難を乗り越えようと奮闘していた方たちに出会い、胸を打たれたそう。

帰郷して改めて庄内や鶴岡の良さを感じていると、土田さんは感慨深い表情で話します。

「震災が故郷に意識を向けるきっかけになって、庄内にUターンした同世代の方も多かったんです。戻って来た人たちは地元の作家や農家、飲食店が集うマルシェを開催したり、地元の食材を使った料理を紹介したりと、いろんなイベントを企画して精力的に動いていました。当時の私はギャラリーがなく、それらのイベントで作品を販売させていただきました。

今思えば、色々な方とのご縁をいただき、お客様との出会いもあって改めて故郷に戻って良かったという実感がありました。
また数々のマルシェに出店して、作家はただ作って販売を繰り返しているだけではないと感じました」

マルシェではどんな人がどんな風に使ってくれているのか、お客様の反応を見られることが嬉しいと話す土田さん。地域の人々の関わりを通して、以前にも増して器を「使う」ことを大切に考えるようになったとのこと。



[撮影:土田 貴文氏]

「販売だけでなく、陶芸教室では自分で作った器に料理を載せて食べてみるというイベントをやっています。販売だけの企画じゃなくて、使って食べるところまで楽しむという、食と組み合わせて器を楽しむことを目的としています。
『これに〇〇を盛って食べる会をしましょう』と具体的に言葉にすると、興味を持ってくれる方も多いし面白いものができたりするんです」

地元の飲食店とコラボレーションしたり産直や呉服店で展示を行なったりと、毎月のようにイベントを開催し、器を通して庄内の人、自然、食の魅力を感じられる機会を作っています。

「夏であればビアカップを作って小鉢の料理をおつまみにビールを飲みましょうとか、フレンチレストランでは私が作ったシンプルな器にシェフが講師となってメインディッシュを綺麗に盛り付ける、盛り付け講座をして楽しんだこともあります。他には花器を作って花を活けてみたり。
地域のお店と一緒に作る日・使う日を設けてイベントをやることで、作家としての幅が広がりましたね」

マルシェや陶芸教室での出会いを通して、これまで以上に環境や人との出会いに感謝するようになったそう。
その思いは土田さんの制作活動にどう影響を及ぼしたのでしょうか。

豊かな自然と食に囲まれ湧き上がる創作意欲


[撮影:土田 貴文氏]

その時々の環境が作品に影響し、四季折々の田園風景を始め、景色や食材からインスピレーションを受けることも多いと話します。

「ものづくりには作り手が暮らす環境がすごく出ると思うんです。その時自分が感じたことが作品に出るなと感じています。
田んぼが日に日に成長していく景色とか、自然が四季ごとに移り変わるその風景には飽きることがありません。そういう環境でものづくりができることは本当に幸せだなあと思います」

しかし庄内は四季がはっきりしている地域ゆえに、冬は粘土が凍ってうまく焼けなかったり、乾かないために制作のペースが落ちてしまうという苦労もあると言います。
また庄内は火力に耐えられる陶芸用の土がほとんど採れないことも含め、環境や気候が必ずしも陶芸には適さないことは、ある意味では土田さんにとってプラスになっているそうです。

「自分に合った、ずっと使っていた信楽焼の土を取り寄せて今でも使っています。
本来は土があって焼き物を作るのが陶芸家の本来の姿なのかもしれないけど、材料が採れない所でものを作ることで、作ることに対する姿勢を大事にできたり、ここで作ることの意味をより意識して作らないといけないと、ここ最近は特に思います。
輸送費を掛けて粘土を運んで、わざわざここで焼いて作品にするということの責任というか、『ものを作らせていただいている』という意識で、大事に大事に形にしていきたいなと思いますね」



また土田さんに庄内の良さを伺うと、返ってきた答えは食文化のすばらしさ。
庄内は海と山に囲まれ春夏秋冬の旬が楽しめる、食の豊かな地域です。その中でも土田さんは地産地消や郷土料理を大切にしている飲食店によく足を運ぶそう。
器を作っているということもあり、料理を食べに行くと器と食の関係を深く考えられるのでとても良い刺激を受けると言います。

「飲食店に行くだけでいろんなことが吸収できるので、最高のエンターテイメントです。
制作した器を使ってくださっているrécolt(※1)や日ごと(※2)では、季節によって全然違うものが出て来るうえに毎回進化していて、庄内の食材を使っていろいろなものを見せてくれるのでそこが一番刺激になります。
庄内には美術館などはあまり多くありませんが、そういった庄内の食材を使った飲食店が庄内の人の心を育てているとも思います」


器と食は切っても切れない関係。庄内は季節の旬を活かした郷土料理や修験道がある出羽三山の精進料理が今も尚受け継がれています。それらの料理は家庭料理としてだけでなく、飲食店でも提供され庄内の人々に愛されているのです。

庄内の魅力が形となった器



日々感じている庄内の魅力を作品に落とし込み、それを届けるのが使命だと感じている土田さん。そしてその想いは、写真家でありオンラインショップ‘‘日々のうつわ店’’を共に経営する旦那様も同じだと語ります。

「夫婦でオンラインショップを始める時にも改めて、『器を売るだけでなく、庄内で生まれたものを届けるのだ』という気持ちでやりたいと思いました。本来であれば手に取って選んで見てほしいものではあるんですけど、遠くにいる方に届けたいと思った時に、こういう庄内の環境があって生まれたものだと一緒に感じてもらえるようにしたいと思っています」

作っているその場の空気を伝えたいという心意気はまさに作家らしく、作品にそのまま落とし込まれています。

「今は形を揃えるとか綺麗に作るということよりも、ろくろを引いて形をつくり出すときの勢いが大事だと思っています。頭の中のイメージを無心で形作るように、手の動くままに作るようにしています。個体差は少し出てしまいますが、無駄な手数を減らしていくことが、結果的に良い作品に繋がります。土自体に温かみがあるので、華美な装飾もしません」

高さと幅を揃えるため一般的に使われる「とんぼ」という定規のようなものを、最近はあえて使わないようにしているという土田さん。
土田さんの器を手に持った時に感じる納まりの良さやしっくり来るという感覚は、自然素材である土を使用しているというだけでなく、人間の直感で生み出されたからこそ感じるものなのかもしれません。
またこれまでの経験で積み重ねたことが現在の環境と掛け合わされることで、良い作品を生み出せていると言います。

「陶芸家としてこれまで続けてこられたのはいろんな人とのご縁だとか、自分でも驚くような偶然がたくさんあったから。

今振り返ると京都にいた時に師匠が見せてくれた手の動き、当時出会った数々の海外の作品が自分の中に沁みついていて、それは何を作っていても今も変わりません。そこから今、庄内で見た景色や感じたことが模様や形になって出てくると感じています」

「子育てしている最中は100%を仕事に注ぎ込めないので、周りへ羨ましさや歯がゆさを覚えることもあります。その中でも母になったからこそ作ることができた作品もありました。どんどん変わっていく環境の変化も素直に受け止めて作品に出せたらと思います」

様々な葛藤がありながら、その苦境さえも作品に活かしていこうという姿勢は陶芸家としての力強い意志や覚悟を持っているからこそ貫けるのかもしれません。
積み重ねた経験と知識、日々美しく変わりゆく庄内の環境がもたらす土田さんの器は、今後もますます魅力を増していくでしょう。

庄内にこだわり生み出される土田さんの作品は、館内SHOPで購入いただけます。ぜひ日々の生活の中でお使いください。


PROFILE------------------------------------------------------------------

土田 英里子(つちだ  えりこ)氏

山形県鶴岡市出身。高校卒業後、京都府陶工高等技術専門学校図案科へ進学。同校卒業後、京都茶碗坂の陶工 三島光夫氏に師事。
2014年鶴岡市に帰郷。庄内地域を中心に展示、陶芸教室を開催し、マルシェにも出店している。

(※1)Italian French récolt(レコルト 山形県鶴岡市山形県鶴岡市大塚町21-2)
庄内の地元食材を使用した独創的なイタリアンとフレンチを楽しめるお店。食材そのものの味を活かしたコース料理が評判だそう。

(※2)日ごと(ひごと 山形県酒田市本町3-1-5)
庄内の野菜を中心とした、家庭料理を気軽に楽しめるカフェ。心と体に染み渡るような、菜食のやさしい味を提供しています。

 

この記事で紹介している商品の購入はこちら

    コラム一覧に戻る